ALWAYS 三丁目の夕日'64追記   

観た直後の「ALWAYS 三丁目の夕日'64」 の感想です。

基本的に、観たい映画ばかり観てるんで、こういう風に面白かったみたいな感想ばかりで、読んでる方はつまらないかも知れないですけど、書く方はあまり気を遣わないんで楽っちゃ楽ですけど、自分が面白くなかった映画の事を書くのはしんどいですよ。
やはりその映画が好きな人もいると思うと褒める映画より、より神経使って書かないとなって思う質なんですよ。と言うのも、色々レビューとか読んで好きな映画を一行で、「クソ映画だった」みたいな事を書かれてる人のを読んで、嫌な気分になりイライラする事もあります。だから僕は、つまらないと思った映画こそ真摯に書こうと思っています。その上で、この映画が好きな人を傷つけてしまうかもしれませんが、気持ちはご理解下さい。

で、「ALWAYS 三丁目の夕日'64」なんですけど、人気もあって評価は高いんでしょうけど、僕はあんまり乗れませんでした。その理由をなぜなのかこれから詳しく書いていきます。ちなみに今回は、劇場大盛況って事で、ネタバレします。じゃないと伝えきれないです。なので、本当に楽しみにしてる人は、読まない方がいいと思います。

いくつか理由があるんですけど、大きく三つに分けてみたいと思います。
①そもそも昭和ノスタルジーより常に今が最高だと思っていたいので乗れない。そして昭和を良しとする世の中の空気が嫌い。
②そんな大した事してないと思うんだけど、過剰に泣かせようとしてる演出が苦手。
③時々、恥ずかしくなるギャグが入ってくる。
という事なんですけど、①を読んでじゃあ最初から観るなよと思われるかも知れませんが、僕は特に観たくないものを敢えて観て、なぜ自分が嫌いなのかを確認したいというのもありますけど、来週の「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」の課題映画になった。というのが大きいんですけどね。毎週聴いてて、やはり観ないで聴くより、観てから聴いた方が面白いので、観に行きました。ちなみに、『ALWAYS 三丁目の夕日』『ALWAYS 続・三丁目の夕日』も鑑賞済です。

『ALWAYS 三丁目の夕日』を観たのは、6~7年前だと思うんですけど、当時はあんまり映画を観てなくて、色々、違和感を感じながらも泣いちゃったりして、結構、当時観た中ではわりと面白かった印象ですけど、こう色々鑑賞して振り返ってみると何か別に特に面白かった作品としては出てこない…という感じでして。
人生において色々経験も積むし知識も増えるし考え方も変わったりで、僕はやはり過去を過剰に美化する事が好きじゃないと今は思ってるんです。多くの信頼出来る先輩方が、こんなの昭和じゃないと言ってますね。僕は昭和51年(1976)生まれだから少ししか昭和知りませんけど、僕もそう感じる所があって。過度な美化はどうなんでしょう?ファンタジーだから別にいいって言うんでしょうけど、それでレビューとか読んでると昔は良かった的な説教をされてる気分になるので、若干不快なんですよねぇ。もっと汚いドロドロした部分を無かった事にして、「昔は良かったとかなんとかしみじみと言ってくれるな」とマーシーのソロ曲から引用したくなりますよ。
現にレビューとかで、年寄りは昔はこんなにいい時代だったとか言ってる人いるし、若者は、知らないからそんないい時代だったんだとか言って信じちゃってるし、ねじ曲がった昭和の思い出が出来上がりつつありますよ。
そりゃ、時代は変わるから、その時々で価値観も変わるし、良き面悪き面あるでしょう。僕は、近所の人みんなでテレビを観るなんて嫌ですよ。一人か彼女もしくは信頼出来る友達としか観たくないですよ。仮にそれがいい事で、今はそういうのが無いからコミュニケーション不足だから悪い世の中だとしても、しかし、今だっていい所たくさんあるじゃないですか。何より便利な世の中だし、当時より、色んな生き方や価値観があって、選択肢も広いと思うし。今が悪いってばかりじゃないですよ。

まぁでもそんなのは抜きにしても話が面白かったり、魅力的なキャラに出会えたり、緊張出来たり、笑えたり泣けたりすると観て良かったなと思えて、そんなちっぽけな思想は吹き飛びますよ。

でも、②で書いたように、このシリーズを観た方ならわかると思いますが、毎回毎回、茶川竜之介(吉岡秀隆)が居候している古行淳之介(須賀健太)を何かしらの理由で追い出しては、いなくなって色々思い出して「うわー」って泣きながら追いかけて連れ戻すというくだりが、最大の見せ場であり、泣かせ所だと思うんですが、僕はそれが茶番に思えてしょうがないんですけどね。やってる事はよく考えたらマッチポンプじゃないですかね?「いや、お前わざとだろ?普通、追い出す前にその気持ちに気付くだろ?」って思うんですけどね。
そもそも連れて行こうとしてる側に対して失礼ですよ。大体、茶川の方から淳之介を連れて行く事を頼んだ訳ですからね。ギリギリになってからやっぱなし!は、周りは困りますよ。まぁ僕はクズ人間なんで、結構それやりますけどね。
ただ、それは良いですけど、やってる事はそういう事なのに、それを感動的な音楽流して、泣きながら追いかけて、感動風な演出にするのは、正直、ダルいな~と思ってしまうんですけどね。

それで、今回に関しては、同じ様な展開になるけどいつもとは違いましたけどね。大体の流れはこんな感じです。

茶川は小説家になりたがってる淳之介に大変だから東大に行って、安定した仕事をしろと言ってる。

淳之介は勉強するふりをしながら、こっそりペンネームで、同じ雑誌で連載してる。

茶川より新人(淳之介)の方が人気が出て、その雑誌から茶川は連載を切られてしまう。

茶川がその新人が淳之介って事に気付く。

嘘を付いてた事に対し激怒し、書いてる途中の原稿とアイデアノートを破って、淳之介に諦めさせる。

淳之介、家が無くなると困るので、原稿とノートを燃やす

茶川の父が死に、勘当されてたけど、実は父が影で応援してたと知る

茶川が考え直し、編集者(大森南朋)の所に行き、ある(以下の展開)お願いをする。

編集者が、茶川の家に淳之介を説得に来る。しかも淳之介の為に寮も用意すると言っている。(茶川の頼みだが)

茶川は淳之介に「お前、小説なんかやりたくないって言ったよなぁ?」と脅し的に言う。(芝居として)

淳之介ビビって、何も言えない。

茶川「はっきりしろー!」とあの高い声で叫ぶ。(芝居として)

淳之介「やっぱりやりたい」とはっきり言う。「おじさんは大変大変って言ってるけど、やってるじゃないですか!それは書きたいからじゃないですか!」と正論を吐く。

茶川は「だったら出てけ!」と淳之介の荷物を外に投げ捨てる(芝居として)

泣く泣くタクシーで出ていく淳之介(横には編集者)

何かを忘れて慌てる淳之介

忘れた万年筆に気付く茶川。それは出会った時にあげた万年筆だった!

走って追いかける茶川(いつもの様にここで、たっぷり時間をかけ、感動的な音楽)

再会!万年筆渡して感動!

という流れなんですが、今回違うのは、この後、連れ戻さないんですよ。そこは、前2作とは違ってましたね。
別に悪い話では無いと思いますけど、ベタな話と言えばベタな話だし、それをベッタベタな演出(感動的音楽+涙)であざといから、ひねくれてる僕は感動の押し売りに感じてしまうんですよねぇ。

突然ですが、色々、考えて書きすぎて、訳がわからなくなりました。全然、言いたい事が書けてません。すみません。また、改めて書くつもりです。

2012/2/24に追記書きました→こちら
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by eigasirouto | 2012-02-22 04:31 | 追記、修正など

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