カテゴリ:追記、修正など( 31 )   

メン・イン・ブラック3追記   

前回の続きを書きたいと思います。

ブログ内関連記事
「メン・イン・ブラック3」
「メン・イン・ブラック」
「メン・イン・ブラック2」
バリー・ソネンフェルド監督
トミー・リー・ジョーンズ
ウィル・スミス
スティーブン・スピルバーグ(制作総指揮)
ビル・ヘイダー
ティム・バートン監督(カメオ出演)

今回は、
①今シリーズや監督などの話
②ストーリーなど
③まとめ
の項目に分けて書こうと思います。


①今シリーズや監督などの話

そもそも、メン・イン・ブラックとは、都市伝説のUFOや宇宙人などの目撃者・研究者の前に現れ、警告や脅迫を与えたりさまざまな圧力や妨害を行う謎の組織の事なんですね。それで、ソニー・ピクチャーズ主導で、それをパロディ化して映画にする事になったみたいですね。
当初、監督にはタランティーノ、Kにはイーストウッド、Jにはデヴィッド・シュワイマーorクリス・オドネルが予定されていたみたいです。
それはそれで観てみたかったですが、イーストウッドがKを演じてたとしたら、3は年齢的に厳しかったかも知れないので、トミー・リー・ジョーンズでよかったかも知れませんね。

そんな感じの「メン・イン・ブラック」ですけど、エルヴィス・プレスリー生存説やデニス・ロッドマンの事をネタにしてましたけど、あれは、先にそういう都市伝説があったんですね。
ちなみに、3でも2012年にレディー・ガガが宇宙人として登場したり、1969年の世界ではミック・ジャガーが宇宙人だったと言う話も出てましたね。音楽界の時代の寵児を出す事で、時代を語ってましたね。ちなみに僕は、はらたいらさんが宇宙人だと聞いた事ありますけどね。

それとビル・ヘイダー演じるアンディ・ウォーホルという人物も、実在の芸術家だったみたいで、色々と疎い僕は存じませんでしたが、調べてみるとポップ・アートの旗手だったみたいです。やっぱり宇宙人という噂があったんですかね?

こう考えるとアメリカ人は、何か新しい存在、他と違う存在をエイリアン(宇宙人)という事にしてしまうんでしょうね。
根底にそういう流れがあると知り、今まで書いて来た様な事から考えるととスピルバーグ監督がこの映画に関わるのは納得です。

それで、このシリーズの全ての監督を務めるバリー・ソネンフェルドの作品は、はっきり言ってこのシリーズしか観てません。「アダムス・ファミリー」も観て無いんですよね…。なので、この監督のクセとか、その辺はまだ全然わからないです。
またWikiからの情報ですが、コーエン兄弟の兄ジョエル・コーエンとニューヨーク大学の同級生で、コーエン兄弟の撮影監督などを務めてた人みたいです。

また、3の脚本に関しては、「トロピック・サンダー/史上最低の作戦」で、脚本を務めたイータン・コーエン(コーエン兄弟とは、関係無いみたいです)が、最初に書いてたものをスピルバーグと仕事をした事のあるデヴィッド・コープが書き変えて、ジェフ・ナサンソンがタイムトラベルの部分を書き変えたみたいです。3人も4人もで書き変えたから変な部分が出て来たんじゃないの?とちょっと思ってしまいますね。

後、このシリーズで、「メン・イン・ブラックっぽい!」って僕が個人的に強く思うのは、出演者とか宇宙人とかはさておき、タイトルとかの細長のフォントですね。なんか全然SF映画っぽくねー!と思ったんですが、こういう都市伝説とか知ってコメディと考えるとしっくり来ますね。
と言うか、3を観る前は、そんな事知らなかったですが、OPでこのフォントが出た瞬間、なんか嬉しくなりました!↓これです。これ。
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②ストーリーなど

とにかく僕は、冒頭のボリス(ジェマイン・クレメント)脱獄シーンから、なんじゃそりゃと思いながらも、メチャメチャ楽しんでます。いきなり、「ウォッチメン」のシルクスペクターみたいなリーゼントセクシー女が、ピンクのケーキを牢獄に持ってくる所から始まって、なんだこの世界観はとは思いつつも、ボリスを観て、1と2の敵よりメチャメチャ強そうだし凶悪な感じで、楽しそう!と思って、さっき書いたあのフォントが出て来て、テンションマックスになりましたよ。

そして、KとJが登場!なんですが、BOSSのCMで観てたけど1と2を鑑賞した直後だったので、トミー・リー・ジョーンズが偉く老けてて、驚きました!今、65歳だからしょうがないですが、イーストウッドが80歳過ぎてあの感じだけど、あんまりもう変わらないですね。ウィル・スミスも老けてるんでしょうが、まぁそんなにわからない範囲です。そして、1と2で司令塔だったZ(リップ・トーン)の葬式が始まって、Kが弔辞で全然大した事を言わないというギャグが入ります。しかし同時に、MIB同士でも、仕事以外の事はよく知らないと言う、部分も描かれてて、実はちょっと切ない場面であり、後々の展開にも重要な場面だったなと後で思いました。

そこから中華料理屋に行って、中華風エイリアン達とバトる訳ですが、このシーンもまた楽しかったですね。「ベストキッド」が、日本から中国に置き換えられてリメイクされた様に、やはり今アメリカの最大の脅威は、なんだかんだ中国なのかな?とか、邪推しました。まぁでも楽しいです。

そんな中で、JがKに冷たいなぁと思うクダリがあったり、新しく出て来た(けど、前からいたという設定)O(エマ・トンプソン)とKの関係とかを挟みつつ、何やらボリス絡みで、Kがこういう塞ぎ込んだ人間になったらしい。というのを明かして行きます。

で、ボリスが出て来て、Kに「過去のお前を殺す!」とDQN発言をするのですが、実際にそういう事が出来て、Jと電話をした後、Kが消えちゃって、直前まで電話していたJ以外は、Kは過去にボリスに殺されたと言う記憶に変わってる世界になってしまい、Jもタイムスリップして、更に歴史を書き換える!という流れになります。

ただ、タイムスリップの辺りから、よくわかんないんだけど…ってなってしまいましたね。
はっきり言って、ルールが曖昧過ぎて、真面目に観てるとアホらしくなって来ましたね。
楽しいのは楽しいですけど、ルールを理解しようとする事が、ノイズになるし、だったらこれはおかしいんじゃないか?とか、色々気になる点が出て来たのも事実です。

気になる矛盾点、よくわからない部分は、ネタバレになるんで、観て無い人は以下の緑色の部分は読まないで下さいね。
1
そもそも、Kはボリスとの戦いですごく悲しい事が起って、今の様な仏頂面で堅物な性格になったとの事だけど、その悲しい事とはなんだったのか?→で、それがJの父が死んだって事なのか?そして、それがタイムスリップで歴史が変わったからなのかがわからなかった。→しかし、タイムスリップが原因じゃなくて元々の話がそれだったら1のKがJをスカウトする話がおかしくなるんだけど、まぁそこは、より物語的に面白い方を選んだんだろうという事にしておきましょう。
2
Jとボリスの戦いで、ちょっと前に戻って、ボリスの攻撃を知ってるJが避けて勝つと言う場面があるけど、戻ったらその時のJとボリスも、今までのこの映画でのタイムスリップルールだといないとおかしいんじゃ?
3
これは、矛盾点というかちょっと嫌な点だけど、Kは1では、彼女の元に帰るという、いい話のオチを付けてたけど、2で彼女は彼の元を離れたと言う、また荒い理由でMIBに戻って、しかしそれはそれでちょっと不器用な男の悲しさが描かれてると思ったが、今回突如現れたOと関係があったっぽくて、お前やる事やってんな!と思ってしまった。うーん、1のKはひっそりとパソコンで彼女の様子を健気に観てて、好きだったのになぁ。と。しかも、Oとの関係は結局、回収しないままだった。
そういう所で、ちょっと混乱しましたよ。

そこで、正直、ああもう着いてくのがめんどくさい…とも思ってしまいましたね。やっぱりタイムスリップを出すとルールが複雑になってしまうんですよね。更に、このキャラクターは好きなんだけど、グリフィン(マイケル・スタールバーグ)と言う、これまた「ウォッチメン」のDr・マンハッタンみたいな、時空を超えれる存在が登場する事で、物語がより複雑化してしまってましたね。好きなキャラなんですけどね。

若い頃のKを演じるジョシュ・ブローリンも、Oを演じるアリス・イヴもいいし、ヒッピーとか出たり、アポロ11号に絡めたり、そのアポロ11号のシーンの鉄橋の上の戦いは、「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲」を思い出したりして、まぁ楽しいんですけどね。

ちょっと雑になり過ぎてないかなぁ?と思いました。だからラストの感動的なシーンもちょっと納得し辛いなぁ…と思ってしまいました。僕が歪んでしまってるって事かも知れませんけどね。


③まとめ

そんな文句もちょっとあったりしますけど、タイムスリップをJがする場面自体は楽しいし、(ここは3Dだともっと楽しかったかなと想像してます)さっき言った部分も楽しいし、敵もなんだかんだ見かけ倒しだった感じもMIBっぽいし、気持ち悪いエイリアンも好きだし、興行成績もいいので、やっぱり観といて損は無いと思います!

ティム・バートン監督が、カメオ出演してるみたいですが、全然気付きませんでした。
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by eigasirouto | 2012-06-15 02:52 | 追記、修正など

先生を流産させる会追記   

「先生を流産させる会」の記事で、
①元になった事件
②タイトル、内容の問題について
③役者、映像、音…全てが怖い
④ミヅキとはなんなのか?
⑤モンスターペアレント
⑥まとめ
の内、①と②まで書きましたが、今回は、③以降、映画そのものについて、書いて行きたいと思います。


③役者、映像、音…全てが怖い

前回も書きましたが、妊婦というだけで、僕は見ててハラハラするのですが、その妊婦の先生を流産させようとする話なので、個人的にずっと緊張感がありました。
しかも出て来る中学生が、ミズキ(小林香織)を除き、本当に田舎のリアルな女子中学生みたいで、そんな普通の女の子達が、こんな恐ろしい事をするというのが、また怖さを助長してます。
一方、妊娠してるサワコ先生(宮田亜紀)も、美人だけどかなりハキハキしてる厳しい人で、生徒達を怒る時には、ちゃんと怖い先生でした。
そして極め付けは、生徒の母親(大沼百合子)です。彼女に関しては、ムカつく部分が多いけど、やっぱり怖い部分もありました。我が子かわいさにミズキに吐き捨てる、あの台詞は、ゾッとしましたし、ラストの狂気も恐ろしかったです。

そして、その恐怖を増長するのが、音と音楽でした。
とにかく音がデカイ!
正直、ちょっとズレてて変な所もありましたけど、デカイ音が鳴る度に、ビクッとしてる自分がいました。
後、音楽もかっこいいけど、怖い…というか、人の不安を駆り立てる音楽でしたね。好きですよ。
やっぱり、この音も含めて、この映画の怖さなのは間違い無いので、観ようと思う人は、映画館で観た方が、絶対イイと思います。(そもそもDVDになるかもわからないですしね。)

それと映像も、高いカメラを使って無いからか、その辺わかりませんけど、ちょっと昔っぽくて、それもまた怖いんですよね。

と、他の人は、この映画をどう捉えたかはわかりませんけど、僕は完全にホラーとして楽しみました。


④ミヅキとはなんなのか?

先程からちょこちょこと名前を出してますが、小林香織さんが演じたミズキというキャラクターについて考えてみたいと思います。
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ちょっとブラジルの血が入ってそうな、かわいらしい女の子なんですが、この娘が怖いんですよ。
ちなみに、小林香織さんは演技経験も無かったみたいですよ。

あまりしゃべらないから何を考えてるかわからないですけど、セックス、性、生理、生命に対して、異常な嫌悪感を持ってる感じです。
いつだったか性というのを自覚し始めた時、男子である僕でさえ(もしかしたら男子だからかも知れませんが)、性に興味がある一方で、大人がセックスをしてる事に戸惑いを感じましたし、気持ち悪いと思った事もあります。それで監督も男性なので、もしかしたら、そんなの男だけなんじゃないの?と思いましたが、
少女の少女による少女のための母性神話否定に果敢に踏み込んだことで、内藤監督は大勢の女性から反発をくらうことでしょう。
でも、わたしは断然味方です。
すべての女が妊娠・出産を手放しで礼賛しているわけじゃない。
生理、不愉快。セックス、キモい。妊娠、不潔。そう思った13歳のわたしが、この映画の中にいます。
ーーー豊崎由美(ライター)
と女性も言ってるので、男女問わず、人によって差はあれど、性に対する違和感はあるのでしょう。

そもそも彼女の動機は、「サワコ先生子供が出来たって事は、セックスしたって事かな~?気持ち悪くない?」ですからね。そして、彼女自身もその原因は、把握出来て無いという…。ただ、性に対する憎悪だけで、お腹の赤ちゃんを殺そうとしてる訳です。

そんな感じの彼女で、超ヒールな訳ですが、これはわざとそういう作りにしてるんだと思いますが、恐ろしいんだけど嫌いになれなかったです。
〝まだ未熟な存在〟だからというのもありますけど、例えば、「告白」のあの少年は、観てて本当にムカつきましたし、映画やドラマなどでタチ悪い少年少女、こちらがお前ら殺されてもしょうがないわ。とつい思ってしまう少年少女は出て来ますが、ミズキは、本当に悪い子なのだろうか?とこちらに考えさせる余地がある。と僕は思いました。

なぜミズキがムカつかないかと言えば、いやらしい計算の元に、犯罪を犯してるのでは無く、性に対しての意味不明の嫌悪感という純粋悪から来てる悪意だからじゃないかと思うんです。

例えば、「告白」のあの少年みたいな奴って、本当にいるのか?と思ってしまいます。生意気な子供で計算高く犯罪に手を染める子供はいるでしょうけど、あそこまで徹底して、根っこから何もかも腐っててムカつく中高生って、実はあんまりいなくて、大人が創り出した最低の少年像なんじゃないか?と思わなくもないんですよ。確かにあれに近い子供も本当にいるのかも知れないですが、子供って一人の少年が全部の悪意を背負ってる訳じゃなくて、皆がそれぞれに少しづつ個人的な悪意を持ってる存在なんじゃないの?って思うんですよね。それを実行に移すかどうかは別にして。だから「告白」の少年なんかは、かなり特殊な人間って事だと思うんですよ。まぁそういうムカつく奴をやりこめるから観てる方は、スカッとして楽しかったと思うのは間違いないけど、本当に実在するのかわからない様な特殊な少年少女を懲らしめても、そうじゃない人の方がおそらく多いのだから教育映画としては、あんまり意味が無いんじゃ…と思うんですよね。

前の記事で面白ければなんでもいいと書いておいてなんですけど、こうやって考えを追求してみるとそんな僕にも許せない範囲があるみたいで。
教育映画ぶってるけど、そんな特殊な少年少女を痛い目に合わせて、そしてそれに観客もスカッとするなんて、どこか間違ってるとも思うんですよね。実際、「告白」を観てる間は、あいつが痛い目に遭えばいいと思ってましたし、カタルシスも感じたけど、後で振り返って、やっぱり何かがおかしくないかな?と思ってしまって。
実際に、少年法を悪用してる奴らもいるのかも知れないけどですけどね。

それに、僕は暴力映画とかも好きなんで、なんで、そういうのだけ胸糞悪いんだろう?って考えてみたんですけど、突き詰めると良い事を言ってるフリをして、安易に面白さ優先で、実際はとんでもない事を提示してる事が嫌なのかも知れないです。だから映画って怖いんですよね。実際、そのとんでもない事を支持する人が出て来る訳ですから。
ぶっちゃけ「レンタネコ」にもそれを感じます。「レンタネコ」は、面白くも無いですけど。

一方の「先生を流産させる会」の少女達は、本当に実在しそう、もっと言えば普通のコ達なんですよね。リアルで普通っぽい少年少女の疑問から生まれた悪意をどう教育するのか?と言う方が、大切だと思うんですよ。
なぜかというとそうする事で、僕達私達の問題になると思うからです。

自分に当てはまらない特殊な子供なんて、別に何をしようと響かないけど、自分の延長線上の子供ならちゃんと考えさせられるじゃないですか。

話が、それましたが、ミズキとは、今まで書いて来た様に、ちょっと暗めの普通の女の子な訳です。だから僕らは、彼女にそこまでムカつきを抱かないんだと思います。そして、それは至極真っ当な描き方だと僕は思ってます。

ただし、非常に怖くて、危うい存在なのは間違いないですよー!


⑤モンスターペアレント

では、観客は誰に怒りの感情を向けるのか?それが、一人の生徒の母親です。

彼女は、所謂モンスターペアレントで、我が子さえ良ければいい。その考えしかないので、善悪関係無く先生にキツく当たります。
この理不尽な要求をする保護者は、たまにニュースなどで取り上げられますが、こうい人は実際いるでしょうね。観てて、本当にむかっ腹が立ちましたよ。

観客が、少女達に怒りを向かわせるんじゃなくて、彼女に怒りを向かわせるのは、監督の意図的なのかは、わかりませんけど、僕は、それが良かったと思います。

そもそも諸悪の根源はしっかり教育出来て無い大人なんだろうし、やっぱり大人が悪役を一身に背負って欲しいですね。(なんだろうという言い方にしたのは、例えば、さかきばらの場合、原因が特殊な過ぎる性的な欲求だったらしく、一概に親の責任と言えるのか難しいので)

この母親役を演じてる大沼百合子さんの演技の素晴らしさもあって、むかつかせてくれましたよ!


⑥まとめ

そして、最後の先生のミズキにしたあの行動。
彼女は、皮肉にも真の教育者になった瞬間でした。
あの状況で、現実にそういう行動に出れる人間は、どれだけいるのかわからないですけど、教師とは、大人とは、本来こうでなければいけないと強く思いました。

と、タイトルは衝撃的で、ふざけてると思う人もいますけど、実際、中身はそんな事無くて、最後まで見ると真面目な映画になってると思います。
なので、上辺だけ見て批判するんじゃなく、やっぱり観てから文句を言った方が、いいかなと思います。
良い事を言ってる風なタイトルやパッケージで、とんでも道徳を提示する映画なんて、それこそ腐るほどありますから。

観た上で、これは酷い!と思う人もいるとは思います。

僕は、なかなか素晴らしい作品だと思いました。道徳抜きにしても、ホラーとして面白かったですよ。
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by eigasirouto | 2012-06-06 01:31 | 追記、修正など

ドライヴ追記2   

前回の記事で、次元大介の事を書きましたが、録画してた『LUPIN the Third -峰不二子という女-』を昨日、観ましたが、1話、2話とも僕個人としては、非常に面白かったです。
水曜 25:29 - 25:59、日テレでやってるんで、興味ある方は、ちょっとチェックしてみて下さい。
3話は、五エ門が登場かとネットでも、盛り上がってますよー。

それは、置いといて、「ドライヴ」完結編です。
「ドライヴ」
「ドライヴ追記」

以下の項目に分けて書いてます。
①どういう映画なのか
②ドライバーとヒロインについて、そして純愛
③監督について
④まとめ

今日は、③からです。


③監督について

ニコラス・ウィンディング・レフンという人が、今作の監督なんですが、なかなか名前が覚えられませんよ…。
映画.comによると
デンマーク・コペンハーゲン出身父アナス・レフンは、ラース・フォン・トリアー監督作で助監督などを務める。8歳の時に家族で米ニューヨークに渡る。アメリカン・アカデミー・オブ・ドラマティック・アートと母国の映画学校に通うが、いずれも退学。96年、監督・脚本作「プッシャー」でデビュー。2作目「Bleeder(原題)」(99)はベネチア国際映画祭、3作目で初の英語作品「Fear X(原題)」(03)はサンダンス映画祭で上映され話題になる。「プッシャー」の続編2本を発表し、「Bronson(原題)」(08)や「ヴァルハラ・ライジング」(09)でヨーロッパを代表する新鋭の映像作家として注目を集める。ライアン・ゴズリング主演の「ドライヴ」(11)でカンヌ国際映画祭の監督賞を受賞。ゴズリングとは「Only God Forgives(原題)」(12)でもタッグを組む。妻は初期3作に出演したリブ・コーフィックセン。
とありますが、気になる部分だけ、赤くしました。

本当に、僕は最近、映画を観始めたので、詳しくないので、デンマーク映画はよくわからないですけど、ラース・フォン・トリアー監督の名前は知ってて、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」は、結構、好きでした。
また、最近の「アンチクライスト」「メランコリア」など、一部で非常に評判がいいので、観たいなぁと思って、まだ鑑賞してない状況です。
「シネマ頭脳」で、ラース・フォン・トリアー監督達のドグマ95というデンマークにおける映画運動について、書かれてました。詳しく知りたくて、Wikiを調べたので、彼らの言う「純潔の誓い」を紹介したいと思います。
「純潔の誓い」
1・撮影はすべてロケーション撮影によること。スタジオのセット撮影を禁じる。
2・映像と関係のないところで作られた音(効果音など)をのせてはならない。
3・カメラは必ず手持ちによること。
4・映画はカラーであること。照明効果は禁止。
5・光学合成やフィルターを禁止する。
6・表面的なアクションは許されない(殺人、武器の使用などは起きてはならない)。
7・時間的、地理的な乖離は許されない(つまり今、ここで起こっていることしか描いてはいけない。回想シーンなどの禁止である)。
8・ジャンル映画を禁止する。
9・最終的なフォーマットは35mmフィルムであること。
10・監督の名前はスタッフロールなどにクレジットしてはいけない。
「シネマ頭脳」では、ラース・フォン・トリアーとトマス・ヴィンターベアが酒の勢いで、この誓いを立てたと書かれてました。

僕が立てた仮説

ニコラス・ウィンディング・レフン監督が、ラース・フォン・トリアー監督や、シグマ95の影響をもしかして受けてるんじゃないか?と推測していますが、どうでしょうか?
まず、ラース・フォン・トリアー監督の影響を受けてるかどうかは、正直、鑑賞してないので、わからないですけど、うっすらとした色んな情報から考察するに、過激な映画を撮ってると思ってますけど、そうだとすると結構、似てると思ってるんですが、どうでしょうか?
何より、普通に撮らない精神が、かなり影響を受けてる気がするのですが…。

そして、「純潔の誓い」に関して言えば、ちょっと意識して観て無かったですけど、何点か当てはまる様な気がします。
確か、撮影は、全てロケだと思うし、作られた効果音も無かった気がしますし、回想なども無かったと思います。(出来る事なら意識して、もう一度確認したいですが…。)
ただし、6の「表面的なアクションは許されない(殺人、武器の使用などは起きてはならない)。 」は、明らかに違いますが、部分的には、影響を受けてるとも考えています。


とにかく、以上の部分は、僕の仮説に過ぎませんので、読み流してもらえると幸いです。
とりあえず、もう少し彼らの色んな映画を鑑賞して、紐解いていきたいと思います。

まぁでも、とにかく変わった監督というのは、間違い無さそうです。
元々、この映画は、別の監督が撮る予定だったけど、その監督が降りちゃって、レフン監督に話が来て、ドライバーやアイリーンの台詞を全部カットしたり、アクションシーンで影だけ映したり、最後にカーアクションシーンを入れなかったりと変わった演出が目立ちます。

でも、だからこそ、この映画が、「他とは一線を画す何か」を持っているのでは無いでしょうか。

とにかく今後も、ニコラス・ウィンディング・レフン監督に注目です!


④まとめ

とにかく、僕にとっては、愛おしい作品になってます。
映画そのものの魅力、主演とヒロインがそもそも持ってる魅力、アクションの魅力、残酷描写の魅力、純愛の魅力、などなど何をどう切り取って書けばいいのか、本当に混乱しました。
なので、こんなに長くなったし、仮説とかまで持ち出したりしました。
僕自身もまだ、この映画の何が良かったのか、理解してないんだと思います。
金銭的にも時間的にも僕はもう一度、映画館に行くのは、厳しい状況ですので、DVDなど出ましたら、また詳しい魅力などを書いていければと思ってます。
後、付け加えるなら助演の役者さん達も(少ないんだけど)みんな素晴らしかった。

子役の男の子もいいし、旦那役のオスカー・アイザックのダメっぷりもいいし、整備工のおやっさん役のブライアン・クランストンも哀愁漂ってたし、アルバート・ブルックスもいいです。
でも、個人的に一番イイと思ったのは、「ヘルボーイ」で、大好きになったロン・パールマンの顔ですけどね。
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ゴリラの中のゴリラですよ。

色々、書いて来ましたが、本当に好きな映画です!
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by eigasirouto | 2012-04-18 01:41 | 追記、修正など

ドライヴ追記   

前の記事「ドライヴ」をまずは読んでいただけると幸いです。

以下の項目に分けて書いてます。
①どういう映画なのか
②ドライバーとヒロインについて、そして純愛
③監督について
④まとめ


前の記事では、①だけ書きましたので、今回は、②以降を書いていこうと思ってます。


②ドライバーとヒロインについて、そして純愛

まずは、ドライバー役のライアン・ゴズリングの事から書きます。

彼は、英ヒート(HEAT)誌の12年度「地球上で最もセクシーな男 (Sexiest Man on the Planet)」ランキングで、ベッカムに次いで2位になってる程、注目の俳優さんです。(ソース)

この映画を観終わって、彼の事を調べて知ったんですけど、僕が鑑賞した彼の映画は、「ブルーバレンタイン」だけでしたが、まさか同一人物とは思えない程の男前でした。
「ブルーバレンタイン」では、老け役をやるために、わざわざ髪の毛を抜いたとの事です。

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やっぱり役者ってすごいですよ。全然違いますよね?それに仕事の為に貴重な髪の毛を自ら抜くなんて…。

ちなみに、「ブルーバレンタイン」は、すごーくタメになり、なおかつ涙が止まらなくなり、恋愛に幻滅しそうになりながらも、ただ決して嫌な面だけではないと言う深い恋愛映画で、僕は相当好きなので、是非、観てみて下さい。

まぁとにかく地球上で2番目にセクシーな男が演じるドライバーは、名前もわからない寡黙な男で、しょちゅう爪楊枝をくわえてる男なんですよ。
この常に何かをくわえてるってのが、男性感、やっぱり渋い奴、孤独感、孤高感、それでいて幼児性を演出してると思います。幼児性は裏を返せば凶暴性にも通じると思うので、やはりこの演出は素晴らしいんじゃないでしょうか。

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男・岩鬼は確かにおしゃべりですけど、ザ・男だと思うし、孤高でもあり、体の大きい幼児ですからね。
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いい画像が見つからなかったですけど、次元大介も、しょっちゅう吸い終わったタバコを口にくわえてますよ。

ドライバーは、タバコを吸わないんで、爪楊枝をくわえてるんです。

寡黙な男なので、どこから来たのかなど過去の事は全くわかりません。こちらが色々と想像するしかありません。そこもまた映画を観終わって、僕らの想像力を刺激してくれるじゃないですか。

わかってる事は、昼は整備工&スタントマン、夜は犯罪も手伝う運び屋、とにかく運転に関しては天才的。これだけです。後は、ある事態に対して、どう振舞うか?それが、とても破滅的な行動に出ます。(本人は成功する事を前提としているのですが)

とにかく、こんなかっこいい男が主人公な訳です。


次に、ヒロインであるアイリーンを演じたキャリー・マリガンについて書きましょう。

僕は、彼女の事を知らなかったですけど、完全に惚れました

彼女も、ほとんどしゃべらないんですが、とにかく表情だけで伝える素晴らしい演技をしてると思います。
何よりも、笑顔が本当にかわいい。

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ちょっと映画のイメージの笑顔と違いますけど、もっと微笑む時の顔が、半端無いので、是非、劇場で確認して欲しい所です。エクボがかわいいんすよ。

もう彼女が画面に映るだけで、僕は多幸感いっぱいになってましたよ。

全然、覚えて無いですけど、彼女は「パブリック・エネミーズ」に出演してたんですね…。どうも記憶にないと思ったらチョイ役みたいですね。仕方ないですよね?

「パブリック・エネミーズ」の記事を読んだら全然書いてないので、ついでに軽く追記しておきます。

デリンジャーが、強盗なんだけど、人気があるのを端的に伝えてるなと思った部分がありまして。それは、デリンジャーにこういう台詞があります。
「好きなものは、野球、映画、高級服、速い車、ウィスキー…そして君。他に何か?」
こんな事をジョニデに言われたら落ちない女性はいないんじゃないですか?
女性だけじゃなく、男から見てもそれはかっこいいし、共感出来ると思うんです。大体、男の子が好きなもの一つか二つは共通項として入ってるでしょうし、僕は、野球と映画が非常に好きなので、妙な仲間意識を覚えましたよ。
「十二人の怒れる男」のめんどくさがり屋のセールスマン、「プライベート・ライアン」のミラー大尉と例え一言でも「野球が好き」という事を表明したら僕は、味方になりますよ。

野球がもはやサブカルになりつつある作今、野球好きの人と仲間意識が勝手に芽生えています。
と、キャリー・マリガンの紹介で一体、何の話をしてるんでしょうか。
しかし、どの映画も昔の映画(もしくは昔を描いた映画)なので、昔はアメリカでもベースボールがどれだけ大衆的で、人気があったのか伺えますよ。

後、犯罪者の話というより、その道のプロの話という感じでした。そして、純愛の話でもあるので、今作とそういう意味でも似てるかも知れませんね。


話を元に戻しましょう。

で、キャリー・マリガンは女性からも人気あるみたいで、主人公もヒロインも同性からも支持されてるという素晴らしいキャスティングじゃないでしょうか。

そんな2人が、ほとんど会話が無くても、心が通じ合って来てる様が、表情、手の動きだけでわかるので、ジーンとしましたよ。愛する時には言葉はいらぬですよ。ほんと。
でも、これ元々は、たくさん台詞あったけど、監督が勝手に全部削ったらしいですよ。(その辺については、③で書きますけど)これが、僕は大正解だと思ってます。
で、セックスシーンが無いのも、いいなと思いましたよ。おそらくそこまで行ってない2人の関係。
ドライバーって、もしかして童貞なんじゃねーの?と僕は疑ってますけどね。
なんか、本当に好感の持てる恋愛でした。
一方の純愛映画の「アーティスト」は、ちょっとストーカーの思えなくもなかったですけど、これは僕が歪んでるせいでしょうね。とにかく「アーティスト」の2人よりは、こちらの方を支持したいですね。

それで、この映画の文句で多いのは、そこが好きでいい雰囲気なのに、途中から残酷な映画になって行く事に文句言ってる人がいるんですよ。
「この映画に、スプラッターは必要ない」とかなんとか。

でも僕は、「何を寝ぼけた事を言ってるんだ?それは本気で言ってるのか?そういう方向に行くからこの映画が他とは一線を画してるんだろーが!!」と叫びたい気持ちでいっぱいですよ。気が小さいので、言えませんけどね。

でも、エレベーターでの一連のシーンは、本当に後々も映画史に残る名シーンになると僕は思ってますけど、それは、やはりあのバイオレンス性、狂気性があるからこそだと思うんですよ。
そして、決定的なあの瞬間の2人の表情。是非、映画館で確認して欲しいです。

僕が思うに、自分の予想や理想の範疇を越えると脅威を感じて否定してるんじゃないかと思うんですがね。

長くなったので、③以降は、また追記します。

2012/4/18「ドライブ追記2」書きました。
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by eigasirouto | 2012-04-16 15:12 | 追記、修正など

ウルトラマンサーガ追記   

先程、タイガがウルトラマンサーガにならない理由が弱いと書きましたが、それは、無理矢理にでも理由を付けて言い訳をして、逃げようとする若者。って事かもと今、思い付いたんですが、そう考えるとその部分が、すごく納得出来たんですよ。
そう考えるとDAIGOのキャスティングって、かなりいいと思えます。ぽいじゃないですか。
更に、そんな若者が皆の為に…めっちゃイイ気がして来ましたね。

それとごっつのオマージュがあると書きましたが、製作陣は、パロディも含めて、改めて「ウルトラマン」と言う存在を研究したのかなと思うとまた好感度UPですね。

ウルトラマンに興味ない大人も感動出来るとまでは、言わないですけど、なんか愛くるしい作品に思えて来ましたよ。
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by eigasirouto | 2012-03-31 04:30 | 追記、修正など

シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム追記   

まずは「シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム」の感想(前編)を読んでいただけると幸いです。

以下の5つのブロックに分けて、色々書いてます。
①物語について
②ロバート・ダウニー・Jr、ジュード・ロウの魅力とホモ・ソーシャルな関係について
③格闘技について
④原作との比較に関して
⑤周りの作品との関連性

前回は、①と②について書きましたが、この記事は、③以降について書いていきます。

③格闘技について

このシリーズは、いわゆる探偵モノと思ってたら、肩透かしを喰らうと色んな方が言われてます。(それに関しては、④で言及します)しかし、アクションシーン、特に格闘シーンはスゲー楽しいです!

原作からして、ホームズは架空のバリツと言う、日本を発祥とした格闘技を体得してるという事になってて、ボクシングもプロ並みの強さとの事です。とにかくホームズは、頭も良ければ、ケンカも強いんですよ!ただ、バカと天才は紙一重で、事件が無い時のホームズは、ダメ人間で、完璧な人間では無いという部分も好きになる要素なんですよね。

それは、さて置き格闘技の話をしますが、まず、ガイ・リッチー監督が、
7歳の時に空手を始めた。柔道では黒帯を、ブラジリアン柔術では茶色のベルトを所持している。
とWikiにあり、一方、ロバート・ダウニー・Jrは、
薬物依存のリハビリ・プログラムの一環として始めた詠春拳やヨーガなどのレッスンを、克服した現在も続けている。
とWikiにあるように、それぞれ、格闘技に精通していると言えるでしょう。

つまり、この映画に於いては、ブラジリアン柔術×詠春拳=バリツと考えても良いのではないでしょうか。ちなみに詠春拳とは、ブルース・リーが習った格闘技で、昨年、日本でも公開されたブルース・リーの師匠を描いた「イップ・マン序章」「イップ・マン葉問」も、かなり面白いので、未鑑賞の人は、是非、観て下さい!

実際、シャドウゲームでは、前半に中国人に変装してるホームズのカンフーシーンが観れますよ!

それで、その格闘シーンをどういう風に描くのか。と言う部分が大事で、「300<スリーハンドレット>」で、〝ゆっくり見せて、素早くドン!!〟と言う格闘シーンを紹介しましたが、それの強化版とでも言いましょうか。
まず、ホームズの頭の中で、格闘シーンをシュミレーションします。「向こうが右で殴って来るからこうよけて、顎に一発入れて…」という具合です。それを映像でスローで見せた後、実際の速度でシュミレーション通りのシーンを見せてくれます。これが、メチャクチャかっこいいんですよ。かっこいいだけじゃなく、ホームズの洞察力や判断力が、すごいと言うのも同時にわかるから素晴らしいんですよ。その脳内のシュミレーションの事を〝シャドウゲーム〟と呼ぶ事が今作で明らかになります。

ただ、1でこのシーンが一番好きで、前半で2回もやってくれたのに、途中から一切無くて、ちょっとがっかりだったんですけど、2を観てわかりました。これ、2のラストの伏線だったんですね。
だから初めから1,2通して考えて作られてて、1だけ観ると物足りなさを感じましたけど、続けて観ると納得は、出来ると思います。(それがアリかどうかは別として)

その最後のシャドウゲームで、僕はこの作品大好き!!って、なりました。すごく言いたいですけど、ネタバレになるとあれなんで、とにかく少年ジャンプ的盛り上がりがあるとだけ言っておきましょう。


④原作との比較に関して

色々、書いて来ましたが、元々のシャーロック・ホームズファン(シャーロキアン)の中には「こんなのホームズじゃねぇ!」と怒ってる人もいるとの事。で、僕はと言いますと子供の頃に、NHKでやってた『シャーロック・ホームズの冒険』(イギリス・グラナダTV制作)を何度か観た程度で、例によって、原作は読んだ事がありません。なので、調べたり聞いた話しか出来ませんが、批判がある一方で、「これぞ原作通りのホームズ!」と言ってるシャーロキアンもいるみたいです。

まず、③でも書きましたが、原作でもホームズは強かったみたいです。
そもそも原作は映画同様に、謎解き自体は簡単で、どちらかと言えば、ワトソン君とのコンビ芸にこそ、この物語の魅力がある!とおっしゃってる方もいて、決して、原作からかけ離れてる訳じゃないとの意見もあるみたいです。

僕は、読んで無いからなんとも言えませんが、ファンが原作と違うから怒ってるという話を鵜呑みにして、批判をするのは、危険なので、その批判は十分に原作を読みこんでからにした方がいいかも知れませんね。

でも、1も2も最後に、「コナン・ドイル卿の作ったキャラクターに基づく」とわざわざクレジットを入れてるので、僕はちゃんとリスペクトしてて、いいなと思うんですけどね。


⑤周りの作品との関連性

やっとここまで来ました。正直、もう明日にしたい所ですが、書き上げますよ。

なんだこの枠は?と思われた方もおられるかも知れませんし、ここからは僕の頭のおかしさを露呈すると思うんで、読まなくていいと思いますよ。ただ、僕はここが一番書きたい部分ですけど。

本来、①で書くべきでしたが、モリアーティ教授が実は、第一次世界大戦を起こす為に暗躍していた!と言う部分を書き忘れてました。こういう仮想歴史って、「ウォッチメン」や「X-MEN: ファースト・ジェネレーション」もそうなんですけど、もしかしたら僕の一番好きなジャンルかもしれません。これ、本当だったらおもしれーなぁとか、妄想しながら楽しめるんですよ。子供の頃から、漫画のキャラクターが実在したらどうなるか?とか考えるのが好きでして。

そんな人間なんで、鑑賞中に「我々が中学で学んだ歴史は、所詮、何者かによって隠蔽された作り話に違いない」と思い込み、実話として観てた訳ですけど、ただ、そこで、ハッとしたんですよ。
いいですか?僕は、この日に3本連続で、観たんです。1本目はどうでも良かったですが、今作の前に観たのは、スピルバーグ監督が第一次世界大戦を描いた「戦火の馬」じゃないですか。勘のいい方なら既に、僕の言いたい事がおわかりかと思いますが、今作を鑑賞中に以下の様に思い始めた訳です。

「モリアーティ教授のせいで、ジョーイはあんな目に遭ったんじゃないかー!!」と…。

さらに「てことは、ジョルジュ・メリエスが苦悩の末、自作をことごとく捨ててしまったのも、こいつのせいやないかー!!」

さらにさらに「ロレンスのアラビアでのあんな事やこんな事も、こいつのせいやないかー!!」

はい。どうかしてますね。おやすみなさい。

とにかく、必要以上に楽しめました!!

ブログ内関連記事
ガイ・リッチー
「シャーロック・ホームズ」

「300<スリーハンドレッド>」
「戦火の馬」
「ヒューゴの不思議な発明」
「アラビアのロレンス」
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by eigasirouto | 2012-03-29 04:21 | 追記、修正など

ドラゴン・タトゥーの女追記2   

ドラゴン・タトゥーの女感想
ドラゴン・タトゥーの女追記

かなり長い事、間隔空けてしまいました。原作の小説を読み終わってから書こうと思ってたけど、今のペースじゃあ、しばらくかかりそうなので、忘れないうちにちゃんとフィンチャー版(スウェーデン映画でオリジナルが既にあるので、以降も今作の事は、フィンチャー版とさせていただきます。)の事を書いておこうと思います。

先程、小説はまだ途中と書きましたが、その段階での映画と小説の大きな違いは、やはり登場人物の人数の差があると思います。小説版は、かなりの人が犯人の可能性を感じさせてくれますが、フィンチャー版はちょっと登場人物少ない…と言うか登場するけど、フューチャーされる人物が少ないんで、犯人があらかた予想出来て、推理的にはあまり楽しめないかも知れません。僕は、映画で犯人を知った上で小説読んでるんで、進みが遅いのかも知れませんが…。

ただ、この話は全部やっちゃうと膨大な時間になるし、小説が世界で800万部売れてるし、オリジナル映画もあるしで、もはや真犯人は誰だ的な展開にしても、知ってる観客は喜ばす事は出来ないと判断したんだと思うんですよ。

変わりに、メインをドラゴンタトゥーの女こと、サランデル(ルーニー・マーラ)のキャラを掘り下げてじっくり描いて、キャラで持ってく映画にしたのではないか?と言う仮説を立てています。
この映画を観て、サランデル及び、それを演じたルーニー・マーラちゃんを好きにならない男がいるとしたら僕はその人と仲良くなれる自信が無いですよ。それくらい絶対的に魅力的に描かれてると思いますよ。
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まず、見なりがかなりアウトローで、眉毛もほぼ無いです。
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移動手段はバイクに皮ジャンです。そして基本、人に心を開かないので、めちゃくちゃ無愛想で、人付き合いが不器用です。
ただ、そうなってしまう生い立ちがある事が後に判明して、振り返って考えると、なんかもう不憫で不憫で…。
そういう彼女ですが、頭はかなり良くて、ハッキングで情報を仕入れる仕事をしています。
ただ彼女には、ニルス・ビュルマン(ヨリック・ヴァン・ヴァーヘニンゲン)という後見人(保護観察みたいなの)がいて、この男がクソ野郎で、サランデルに非人道的な行いをしやがるんですよ。僕は眠くなりかけてたけど、完全にそのシーンの衝撃と怒りで目が覚めましたよ。
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だけど、サランデルがその辺のおねーちゃんと違うのは、目には目をどころか、目には最もえげつない目をって感じで、三倍にも五倍にもして仕返しするんですよ。
正直、不謹慎と思われるかも知れないけど、僕はカタルシスを感じましたね。だし、彼女にとっては、その手段しか無いと言えば無いですよ。しかも、そこから恐喝までしますからね。絶対に手を出してはならない女に手を出してしまったんですよ。彼は。
見事、ピンチをチャンスに変える逞しさに、もう僕は心を鷲掴みにされましたよ。

その後のミカエル(ダニエル・クレイグ) への豪快な愛情表現&ツンデレ的な精神に、胸がキュンキュンしなくて、何が男かと僕は言いたいですよ。
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僕的には、ミカエルが喜ぶと思って、ライダースっぽい革ジャンをプレゼントに選ぶシーンが、ダントツに萌えポイントでしたよ。僕らから見ると彼のファッションと違うからけ、「あいつ着ないと思うよ」って言いたくなるけど、きっと彼女はこれをあげたら喜ぶと思い込んでると思うんですよ。そう考えると非常に愛しいしかわいいんですよ。

とにかく、この映画は彼女に尽きるんです。皆さんはどうでしょうか?
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by eigasirouto | 2012-03-05 03:33 | 追記、修正など

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い追記   

「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」感想

このつい口に出して言いたくなるタイトル、賛否ありますが、僕は好きですよ。

ちなみに、こちらも原作未読です。

ちなみに、原作は、タマフルで伊藤聡さんが紹介されてますので、よかったら聴いてみて下さい。

サタデーナイトラボ「推薦図書特集 feat. 伊藤聡」 前半
サタデーナイトラボ「推薦図書特集 feat. 伊藤聡」 後半

こちらも泣かせようとしてる映画かもしれませんが、こちらは素直に泣いてる自分がいました。

序盤は、こまっしゃくれたオスカー少年に対して、クソガキがと思ってましたが、いざ冒険が始まるとグイグイ物語に入って行きました。

前回も書きましたが、この作品は音響が迫力あるんで、家のDVDで観るより、やはり映画館が、お勧めです。

というのも、オスカー少年は、9.11で父を亡くし、高いビルや電車などが怖くなってるんです。だからニューヨークの街を歩くのも怖いんですが、彼に説明の時の音が段々、大きくうるさくなるんです。それでこっちもドキドキするし、近くを通る電車の音がものすごくうるさくて、少年が、電車に恐怖を感じる様に、見てる僕も恐怖を感じたんです。やはり、これは全体で音を楽しめる映画館ならではだと僕は思います。

映画館はやはり体験で、DVDは鑑賞なんじゃないか?と改めて、感じさせてくれました。

で、少しネタバレ込みになるんで、書こうか悩みましたが、僕はやはりおじいちゃんとの冒険が大好きでしたね。
おじいちゃんがいて、おばあちゃんがいて、お父さんがいて、お母さんがいて、自分がいるんだというのにオスカー少年が気付かされるんですよ。
説明的で無く、ジワジワ気付かされるんです。
その頃には、すっかりオスカー少年=自分になってて、涙が止まりませんよ。

映画を観た後、上で紹介したPodcastを聞き直して、伊藤さんもおっしゃってたのを完全に忘れてました。

この前の記事で書いた映画より、圧倒的にこっちのが泣けると僕は思うんですけどねぇ。
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by eigasirouto | 2012-02-24 05:07 | 追記、修正など

ALWAYS 三丁目の夕日'64追記2   

ALWAYS 三丁目の夕日'64感想
ALWAYS 三丁目の夕日'64追記

前回、自分でも訳わからなくなりましたが、改めて考えてみました。
その前に、言い忘れてたんですけど、原作である漫画は読んでません。だから漫画との比較は出来ませんし、本来であれば漫画を読んでからゴチャゴチャ言うべきだとは思ってます。しかしながら、僕の批判ポイントは、映画の作りや、構造、過去を美化した内容、それを絶賛する観客達に対してが主な部分だと思いますので、その辺はご了承下さい。
だけど、過去を美化したという部分については、原作が原因なのかもしれませんので、作者の西岸良平さんの事を調べさせて頂きましたが、Wikiにこうあります。
昭和30年代ブームの火付け役の一人であるが、必ずしも当時を美化し、復古を訴えるわけではなく、当時の生活の貧しさや不便さ、社会の不自由さを客観的に描き、それを題材にすることも多い。
この文書を鵜呑みにするならば、やはり原作じゃなく映画に責任だと思います。
いや、もはや映画にでは無く一部の人達が、過剰に受け取ってる事に対して、僕は頭に来てるのかも知れません。

レビューとかを読んでると〝あの頃は古き良き時代だった〟と懐かしむ声が多々散見されます。では、昔は何が良いと言ってるのか?いくつかレビューの例とそれに対する反論を書いていきます。
お父さんが強くて、お母さんが優しくて、良き時代を思い出させてくれた
僕は現在の家族像がわかりませんが、↑この家族像は果たして本当に正しいのでしょうか?
殺伐とした現代より、よっぽどいい時代だったような気がする
本当に現在は殺伐としてるのでしょうか?震災で色んな絆を目の当たりにしませんでしたか?
現代の日本人より、余程人間味が溢れて(勿論デフォルメされているが)いる。ネット社会の裏でコソコソ這い回る奴より・・・匿名だと好き放題何でも言うくせに現実では何も言えない奴より・・・平然と人を騙す奴より・・・今の日本に溢れているエセ日本人(自己中・自分勝手・金儲けしか考えない)より素敵だと思う。
ちょっと突っ込み所が多すぎて、めんどくさいですが、なんで今の日本人が人間味が無いと言いきれますか?
ネット社会の裏でコソコソ這い回るって、そういう人もいるかも知れないけど、大体の人が外に出て社会の中で働いていると思いますよ。
匿名だと好き放題何でも言うくせに現実では何も言えないって、当時は誰一人陰口とか無かったのですか?同じ事では無いですか?
自己中・自分勝手・金儲けしか考えない…これって、今の時代の問題でしょうか?時代など関係なく人間性の問題ではないでしょうか。それにだからって、そういう人をエセ日本人という意味がわからないです。たとえどんな犯罪者でも、日本国籍を持ってれば、日本人ですよ。
自分を見つめ直し、反省し、取るべき行動をちゃんと実践していく勇気。今のエセ日本人が一番嫌う「責任」を、どのキャラクターもきちんと取る。だからこそ、この映画は人の心の深く入りこむのだと思う。
本当に時代関係無いですよ。なんでこの人は現代人が責任が嫌いと思ったんでしょうね。何か宗教的な本でも読んだのかも知れませんね。怖い。
例え自分が嫌われても、大事な人が成功してくれるのなら敢えて憎まれる。今の時代、そういう人間がどれだけいるのだろう?こういう展開を、実体験で体験していない人は文句を付けたがるのだろうが、逆に言えば本物の愛情に出会ったことがない可哀相な人なのだろうと思う
めんどくさいんで、それぞれ突っ込んで下さい。
あの頃は携帯もパソコンもなく、車、飛行機も今とは比べものにならない位ボロかったが皆幸せだったと思う。
そう思い込みたい気持ちはわからなくはないけど、絶対、不幸な人いたと思いますよ。
実際、あの当時ああいう医者がいたということを自分は知らなかったし今の保険診療代を稼ぐためだけの医者に対する当て付けにもなりますよ
ふざけんな!今でも立派な医者たくさんいるわ!当時も悪い医者いるわ!
今は失われつつある 人間同士のふれあい
そんなものは思い込みです。

ただ僕は、映画が上記の様な事を訴えてるとまでは、思ってません。けど、実際に映画を観てこんな事を言ってる人もいるという事です。

それで1964年の事を少し調べたんですけど、東京オリンピックなど華やかな影でこんな事がありますよ。

•3月11日:狭山事件で、一審の浦和地裁が死刑判決。事件発生(1963年)
•8月24日:俳優・高島忠夫の長男(5ヶ月)が、お手伝い(17)に殺された。


狭山事件は、わからない人もいると思いますが、詳しくはググって下さい。簡単に言うと部落出身の人が警察によって、犯人に仕立てたと思われる事件です。
この二つの事柄で、僕が何を言いたいかは、わかってもらえると思いますが。結局、当時が人達が良く思えるのは、思い込みなんですよ。

そもそも、古代ギリシャから「最近の若者はなってない」的な事は言われてる訳で、年取るとそういう説教したくなるんですね。内容は少し違いますが「昔」と「今」の比較の仕方は同じですよね。僕としては、劇中のもたいまさこのセリフを引用しますが「若者の味方」でいつまでもいたいですよ。

結局僕は、過去を描くのはいいし、過去を観に行くのもいいです。けど、過去を利用して現代に説教する事に、頭に来てるんだと思います。

僕の昭和ノスタルジーに対するアンチな姿勢は、以上の様な理由からなります。ご理解頂けたかは別として、ここからは、この作品の演出的な部分の文句に入りましょう。

まず、説明的台詞が多過ぎだと思います。語り口が上手くないと思いました。

例えば、茶川父の葬式の場面ですが、茶川は父に勘当されてるんで、葬式に出ないつもりでしたが、嫁の小雪にお願いされて、渋々葬式に出ます。そこで、不貞腐れてる茶川にお手伝いさんと思われる高畑淳子に、
「お父さんは、小説家は厳しい世界だから覚悟を決めさせなければいけない。だから勘当して帰る家を無くした。でも、本当はすごく応援していたのよ」
とこの様な台詞を言わせます。大体の人が、その前の危篤で一回帰った時に、どうせそういう理由だろうなとわかると思いますが、それを改めて、高畑さんが、説明してくれます。(感動的音楽が鳴る)
これだけで、お腹いっぱいだし、茶川もっと早く気付け!鈍感過ぎだろと思うのですが、更に、父の部屋に戻り、本棚に茶川の小説がたくさんあり、そこに親父のメモ(「非常にいい出来!」「今回は、少し物足りない。がんばれ!」など)を発見!茶川号泣「勘当するって言ったのに~」という説明的展開&説明台詞が、入ります。(当然、感動的音楽)
どう考えても、父の部屋に入って気付くくだりだけでいいと思うんですけどね。

一事が万事この調子で、ダラダラダラダラしてるんですよ。だから無駄に142分という長い時間になってると思います。そのゆっくりした感じがいいと言われる方もいるでしょうが、違います。ゆっくり風景を描くとかではなく、見せ方、説明が下手だから長くなってるんです。

だから僕は、観てて「もうここわかったし、そんなに面白くないから早く次行って」と思いながら観てました。

おそらく、作り手側は、観客はここまで説明しないとわからないと思ってるんですよ。観客はバカだと思ってるんですよ。もしくは媚を売ってるんですよ。そうじゃないとしたらただの下手くそですよ。僕も説明下手ですけど、金払って観に行ってる側だから言わせて下さい!

さっきも言いましたが、茶川が何かにつけて、僕らの想像の先を…もっと言えば、全部の話が僕らの想像を先を行ってくれないんです。〝だろうね〟の連続で。

ただ、それなのに、周りからは鼻をすする音が聞こえてくるんですよ。皆、薄着で来て風邪引いたのかなぁと思ってたらレビュー観たら結構、泣けた泣けた言ってて。時々、見かける否定は否定で、短いし過激過ぎて、否定派的に戦力にならないんですよ。だから尚更、孤独を感じています。

この映画の制作会社「ROBOT」は、こういった作品が多いですね。日本じゃ人気あっても海外で笑われてる作品多いですよ。「海猿」とかはアメリカの試写会で泣かせようとする場面で爆笑が起きたらしいじゃないですか。隣の韓国ノワールが世界で絶賛されてるのに…僕は日本人として悔しいですよ。(まぁ韓国は韓国で変な映画いっぱいあるらしいですが、しかし「チェイサー」や「アジョシ」が一位になれる国でもある訳ですからね。)
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by eigasirouto | 2012-02-24 04:10 | 追記、修正など

ALWAYS 三丁目の夕日'64追記   

観た直後の「ALWAYS 三丁目の夕日'64」 の感想です。

基本的に、観たい映画ばかり観てるんで、こういう風に面白かったみたいな感想ばかりで、読んでる方はつまらないかも知れないですけど、書く方はあまり気を遣わないんで楽っちゃ楽ですけど、自分が面白くなかった映画の事を書くのはしんどいですよ。
やはりその映画が好きな人もいると思うと褒める映画より、より神経使って書かないとなって思う質なんですよ。と言うのも、色々レビューとか読んで好きな映画を一行で、「クソ映画だった」みたいな事を書かれてる人のを読んで、嫌な気分になりイライラする事もあります。だから僕は、つまらないと思った映画こそ真摯に書こうと思っています。その上で、この映画が好きな人を傷つけてしまうかもしれませんが、気持ちはご理解下さい。

で、「ALWAYS 三丁目の夕日'64」なんですけど、人気もあって評価は高いんでしょうけど、僕はあんまり乗れませんでした。その理由をなぜなのかこれから詳しく書いていきます。ちなみに今回は、劇場大盛況って事で、ネタバレします。じゃないと伝えきれないです。なので、本当に楽しみにしてる人は、読まない方がいいと思います。

いくつか理由があるんですけど、大きく三つに分けてみたいと思います。
①そもそも昭和ノスタルジーより常に今が最高だと思っていたいので乗れない。そして昭和を良しとする世の中の空気が嫌い。
②そんな大した事してないと思うんだけど、過剰に泣かせようとしてる演出が苦手。
③時々、恥ずかしくなるギャグが入ってくる。
という事なんですけど、①を読んでじゃあ最初から観るなよと思われるかも知れませんが、僕は特に観たくないものを敢えて観て、なぜ自分が嫌いなのかを確認したいというのもありますけど、来週の「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」の課題映画になった。というのが大きいんですけどね。毎週聴いてて、やはり観ないで聴くより、観てから聴いた方が面白いので、観に行きました。ちなみに、『ALWAYS 三丁目の夕日』『ALWAYS 続・三丁目の夕日』も鑑賞済です。

『ALWAYS 三丁目の夕日』を観たのは、6~7年前だと思うんですけど、当時はあんまり映画を観てなくて、色々、違和感を感じながらも泣いちゃったりして、結構、当時観た中ではわりと面白かった印象ですけど、こう色々鑑賞して振り返ってみると何か別に特に面白かった作品としては出てこない…という感じでして。
人生において色々経験も積むし知識も増えるし考え方も変わったりで、僕はやはり過去を過剰に美化する事が好きじゃないと今は思ってるんです。多くの信頼出来る先輩方が、こんなの昭和じゃないと言ってますね。僕は昭和51年(1976)生まれだから少ししか昭和知りませんけど、僕もそう感じる所があって。過度な美化はどうなんでしょう?ファンタジーだから別にいいって言うんでしょうけど、それでレビューとか読んでると昔は良かった的な説教をされてる気分になるので、若干不快なんですよねぇ。もっと汚いドロドロした部分を無かった事にして、「昔は良かったとかなんとかしみじみと言ってくれるな」とマーシーのソロ曲から引用したくなりますよ。
現にレビューとかで、年寄りは昔はこんなにいい時代だったとか言ってる人いるし、若者は、知らないからそんないい時代だったんだとか言って信じちゃってるし、ねじ曲がった昭和の思い出が出来上がりつつありますよ。
そりゃ、時代は変わるから、その時々で価値観も変わるし、良き面悪き面あるでしょう。僕は、近所の人みんなでテレビを観るなんて嫌ですよ。一人か彼女もしくは信頼出来る友達としか観たくないですよ。仮にそれがいい事で、今はそういうのが無いからコミュニケーション不足だから悪い世の中だとしても、しかし、今だっていい所たくさんあるじゃないですか。何より便利な世の中だし、当時より、色んな生き方や価値観があって、選択肢も広いと思うし。今が悪いってばかりじゃないですよ。

まぁでもそんなのは抜きにしても話が面白かったり、魅力的なキャラに出会えたり、緊張出来たり、笑えたり泣けたりすると観て良かったなと思えて、そんなちっぽけな思想は吹き飛びますよ。

でも、②で書いたように、このシリーズを観た方ならわかると思いますが、毎回毎回、茶川竜之介(吉岡秀隆)が居候している古行淳之介(須賀健太)を何かしらの理由で追い出しては、いなくなって色々思い出して「うわー」って泣きながら追いかけて連れ戻すというくだりが、最大の見せ場であり、泣かせ所だと思うんですが、僕はそれが茶番に思えてしょうがないんですけどね。やってる事はよく考えたらマッチポンプじゃないですかね?「いや、お前わざとだろ?普通、追い出す前にその気持ちに気付くだろ?」って思うんですけどね。
そもそも連れて行こうとしてる側に対して失礼ですよ。大体、茶川の方から淳之介を連れて行く事を頼んだ訳ですからね。ギリギリになってからやっぱなし!は、周りは困りますよ。まぁ僕はクズ人間なんで、結構それやりますけどね。
ただ、それは良いですけど、やってる事はそういう事なのに、それを感動的な音楽流して、泣きながら追いかけて、感動風な演出にするのは、正直、ダルいな~と思ってしまうんですけどね。

それで、今回に関しては、同じ様な展開になるけどいつもとは違いましたけどね。大体の流れはこんな感じです。

茶川は小説家になりたがってる淳之介に大変だから東大に行って、安定した仕事をしろと言ってる。

淳之介は勉強するふりをしながら、こっそりペンネームで、同じ雑誌で連載してる。

茶川より新人(淳之介)の方が人気が出て、その雑誌から茶川は連載を切られてしまう。

茶川がその新人が淳之介って事に気付く。

嘘を付いてた事に対し激怒し、書いてる途中の原稿とアイデアノートを破って、淳之介に諦めさせる。

淳之介、家が無くなると困るので、原稿とノートを燃やす

茶川の父が死に、勘当されてたけど、実は父が影で応援してたと知る

茶川が考え直し、編集者(大森南朋)の所に行き、ある(以下の展開)お願いをする。

編集者が、茶川の家に淳之介を説得に来る。しかも淳之介の為に寮も用意すると言っている。(茶川の頼みだが)

茶川は淳之介に「お前、小説なんかやりたくないって言ったよなぁ?」と脅し的に言う。(芝居として)

淳之介ビビって、何も言えない。

茶川「はっきりしろー!」とあの高い声で叫ぶ。(芝居として)

淳之介「やっぱりやりたい」とはっきり言う。「おじさんは大変大変って言ってるけど、やってるじゃないですか!それは書きたいからじゃないですか!」と正論を吐く。

茶川は「だったら出てけ!」と淳之介の荷物を外に投げ捨てる(芝居として)

泣く泣くタクシーで出ていく淳之介(横には編集者)

何かを忘れて慌てる淳之介

忘れた万年筆に気付く茶川。それは出会った時にあげた万年筆だった!

走って追いかける茶川(いつもの様にここで、たっぷり時間をかけ、感動的な音楽)

再会!万年筆渡して感動!

という流れなんですが、今回違うのは、この後、連れ戻さないんですよ。そこは、前2作とは違ってましたね。
別に悪い話では無いと思いますけど、ベタな話と言えばベタな話だし、それをベッタベタな演出(感動的音楽+涙)であざといから、ひねくれてる僕は感動の押し売りに感じてしまうんですよねぇ。

突然ですが、色々、考えて書きすぎて、訳がわからなくなりました。全然、言いたい事が書けてません。すみません。また、改めて書くつもりです。

2012/2/24に追記書きました→こちら
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by eigasirouto | 2012-02-22 04:31 | 追記、修正など