人気ブログランキング |

ALWAYS 三丁目の夕日'64追記2   

ALWAYS 三丁目の夕日'64感想
ALWAYS 三丁目の夕日'64追記

前回、自分でも訳わからなくなりましたが、改めて考えてみました。
その前に、言い忘れてたんですけど、原作である漫画は読んでません。だから漫画との比較は出来ませんし、本来であれば漫画を読んでからゴチャゴチャ言うべきだとは思ってます。しかしながら、僕の批判ポイントは、映画の作りや、構造、過去を美化した内容、それを絶賛する観客達に対してが主な部分だと思いますので、その辺はご了承下さい。
だけど、過去を美化したという部分については、原作が原因なのかもしれませんので、作者の西岸良平さんの事を調べさせて頂きましたが、Wikiにこうあります。
昭和30年代ブームの火付け役の一人であるが、必ずしも当時を美化し、復古を訴えるわけではなく、当時の生活の貧しさや不便さ、社会の不自由さを客観的に描き、それを題材にすることも多い。
この文書を鵜呑みにするならば、やはり原作じゃなく映画に責任だと思います。
いや、もはや映画にでは無く一部の人達が、過剰に受け取ってる事に対して、僕は頭に来てるのかも知れません。

レビューとかを読んでると〝あの頃は古き良き時代だった〟と懐かしむ声が多々散見されます。では、昔は何が良いと言ってるのか?いくつかレビューの例とそれに対する反論を書いていきます。
お父さんが強くて、お母さんが優しくて、良き時代を思い出させてくれた
僕は現在の家族像がわかりませんが、↑この家族像は果たして本当に正しいのでしょうか?
殺伐とした現代より、よっぽどいい時代だったような気がする
本当に現在は殺伐としてるのでしょうか?震災で色んな絆を目の当たりにしませんでしたか?
現代の日本人より、余程人間味が溢れて(勿論デフォルメされているが)いる。ネット社会の裏でコソコソ這い回る奴より・・・匿名だと好き放題何でも言うくせに現実では何も言えない奴より・・・平然と人を騙す奴より・・・今の日本に溢れているエセ日本人(自己中・自分勝手・金儲けしか考えない)より素敵だと思う。
ちょっと突っ込み所が多すぎて、めんどくさいですが、なんで今の日本人が人間味が無いと言いきれますか?
ネット社会の裏でコソコソ這い回るって、そういう人もいるかも知れないけど、大体の人が外に出て社会の中で働いていると思いますよ。
匿名だと好き放題何でも言うくせに現実では何も言えないって、当時は誰一人陰口とか無かったのですか?同じ事では無いですか?
自己中・自分勝手・金儲けしか考えない…これって、今の時代の問題でしょうか?時代など関係なく人間性の問題ではないでしょうか。それにだからって、そういう人をエセ日本人という意味がわからないです。たとえどんな犯罪者でも、日本国籍を持ってれば、日本人ですよ。
自分を見つめ直し、反省し、取るべき行動をちゃんと実践していく勇気。今のエセ日本人が一番嫌う「責任」を、どのキャラクターもきちんと取る。だからこそ、この映画は人の心の深く入りこむのだと思う。
本当に時代関係無いですよ。なんでこの人は現代人が責任が嫌いと思ったんでしょうね。何か宗教的な本でも読んだのかも知れませんね。怖い。
例え自分が嫌われても、大事な人が成功してくれるのなら敢えて憎まれる。今の時代、そういう人間がどれだけいるのだろう?こういう展開を、実体験で体験していない人は文句を付けたがるのだろうが、逆に言えば本物の愛情に出会ったことがない可哀相な人なのだろうと思う
めんどくさいんで、それぞれ突っ込んで下さい。
あの頃は携帯もパソコンもなく、車、飛行機も今とは比べものにならない位ボロかったが皆幸せだったと思う。
そう思い込みたい気持ちはわからなくはないけど、絶対、不幸な人いたと思いますよ。
実際、あの当時ああいう医者がいたということを自分は知らなかったし今の保険診療代を稼ぐためだけの医者に対する当て付けにもなりますよ
ふざけんな!今でも立派な医者たくさんいるわ!当時も悪い医者いるわ!
今は失われつつある 人間同士のふれあい
そんなものは思い込みです。

ただ僕は、映画が上記の様な事を訴えてるとまでは、思ってません。けど、実際に映画を観てこんな事を言ってる人もいるという事です。

それで1964年の事を少し調べたんですけど、東京オリンピックなど華やかな影でこんな事がありますよ。

•3月11日:狭山事件で、一審の浦和地裁が死刑判決。事件発生(1963年)
•8月24日:俳優・高島忠夫の長男(5ヶ月)が、お手伝い(17)に殺された。


狭山事件は、わからない人もいると思いますが、詳しくはググって下さい。簡単に言うと部落出身の人が警察によって、犯人に仕立てたと思われる事件です。
この二つの事柄で、僕が何を言いたいかは、わかってもらえると思いますが。結局、当時が人達が良く思えるのは、思い込みなんですよ。

そもそも、古代ギリシャから「最近の若者はなってない」的な事は言われてる訳で、年取るとそういう説教したくなるんですね。内容は少し違いますが「昔」と「今」の比較の仕方は同じですよね。僕としては、劇中のもたいまさこのセリフを引用しますが「若者の味方」でいつまでもいたいですよ。

結局僕は、過去を描くのはいいし、過去を観に行くのもいいです。けど、過去を利用して現代に説教する事に、頭に来てるんだと思います。

僕の昭和ノスタルジーに対するアンチな姿勢は、以上の様な理由からなります。ご理解頂けたかは別として、ここからは、この作品の演出的な部分の文句に入りましょう。

まず、説明的台詞が多過ぎだと思います。語り口が上手くないと思いました。

例えば、茶川父の葬式の場面ですが、茶川は父に勘当されてるんで、葬式に出ないつもりでしたが、嫁の小雪にお願いされて、渋々葬式に出ます。そこで、不貞腐れてる茶川にお手伝いさんと思われる高畑淳子に、
「お父さんは、小説家は厳しい世界だから覚悟を決めさせなければいけない。だから勘当して帰る家を無くした。でも、本当はすごく応援していたのよ」
とこの様な台詞を言わせます。大体の人が、その前の危篤で一回帰った時に、どうせそういう理由だろうなとわかると思いますが、それを改めて、高畑さんが、説明してくれます。(感動的音楽が鳴る)
これだけで、お腹いっぱいだし、茶川もっと早く気付け!鈍感過ぎだろと思うのですが、更に、父の部屋に戻り、本棚に茶川の小説がたくさんあり、そこに親父のメモ(「非常にいい出来!」「今回は、少し物足りない。がんばれ!」など)を発見!茶川号泣「勘当するって言ったのに~」という説明的展開&説明台詞が、入ります。(当然、感動的音楽)
どう考えても、父の部屋に入って気付くくだりだけでいいと思うんですけどね。

一事が万事この調子で、ダラダラダラダラしてるんですよ。だから無駄に142分という長い時間になってると思います。そのゆっくりした感じがいいと言われる方もいるでしょうが、違います。ゆっくり風景を描くとかではなく、見せ方、説明が下手だから長くなってるんです。

だから僕は、観てて「もうここわかったし、そんなに面白くないから早く次行って」と思いながら観てました。

おそらく、作り手側は、観客はここまで説明しないとわからないと思ってるんですよ。観客はバカだと思ってるんですよ。もしくは媚を売ってるんですよ。そうじゃないとしたらただの下手くそですよ。僕も説明下手ですけど、金払って観に行ってる側だから言わせて下さい!

さっきも言いましたが、茶川が何かにつけて、僕らの想像の先を…もっと言えば、全部の話が僕らの想像を先を行ってくれないんです。〝だろうね〟の連続で。

ただ、それなのに、周りからは鼻をすする音が聞こえてくるんですよ。皆、薄着で来て風邪引いたのかなぁと思ってたらレビュー観たら結構、泣けた泣けた言ってて。時々、見かける否定は否定で、短いし過激過ぎて、否定派的に戦力にならないんですよ。だから尚更、孤独を感じています。

この映画の制作会社「ROBOT」は、こういった作品が多いですね。日本じゃ人気あっても海外で笑われてる作品多いですよ。「海猿」とかはアメリカの試写会で泣かせようとする場面で爆笑が起きたらしいじゃないですか。隣の韓国ノワールが世界で絶賛されてるのに…僕は日本人として悔しいですよ。(まぁ韓国は韓国で変な映画いっぱいあるらしいですが、しかし「チェイサー」や「アジョシ」が一位になれる国でもある訳ですからね。)

by eigasirouto | 2012-02-24 04:10 | 追記、修正など

<< ものすごくうるさくて、ありえな... ALWAYS 三丁目の夕日&#... >>